CHAPTER 6
分析 — 動きを見る
収益性・成長性・安全性・生産性 ── 比較で会社を読む
決算書 1 期だけを見ても会社の評価はできません。前期との比較・5 期分のトレンド・同業他社との比較 ── 軸を揃えた比較で初めて「強み」「弱み」「方向性」が浮かび上がります。この章では収益性・効率性・安全性・成長性・生産性の 5 軸と、ROE をデュポン分解する考え方までを通します。
決算書を読んで何が分かるか ── 分析の 4 軸
ここまでで B/S、P/L、C/S の読み方を 1 つずつ通してきました。 ただ、決算書を 1 期分眺めただけでは「この会社は強いのか、弱いのか」「伸びているのか、止まっているのか」までは見えてきません。 決算書分析の本番は、複数の数字を比較し、組み合わせて読み解く段階にあります。 この章では、その分析を行うための共通の物差しを整理します。
まず押さえてほしいのは、決算書から会社を読むときの4 つの軸です。 ①収益性(もうかっているか)、②成長性(大きくなっているか)、 ③安全性(つぶれない体力があるか)、④生産性(効率よく稼げているか)。 この 4 つを並べて見ると、会社の輪郭が立体的に浮かび上がってきます。
なぜ 1 つの指標だけで判断してはいけないのでしょうか。 たとえば「売上が前期比 +20% で大きく伸びた」という事実は、成長性の軸では文句なしに良いニュースです。 しかし、その裏側で薄利の値引き販売を増やして利益率が大きく落ち、 さらに店舗を急拡大するために借入を膨らませて自己資本比率が下がっていたら、 成長と引き換えに収益性と安全性が悪化している状態。 これは「優良企業」とは到底呼べません。 1 つの軸だけを切り出して結論を出すと、必ず判断を誤ります。
ここで言葉の整理をしておきましょう。 本書で扱う「決算書分析」は、決算書から読み取れる範囲だけで会社を判断する分析です。 これに対して「経営分析」は、SWOT・市場ポジション・経営者の質・商品力・規制環境など、 決算書には載らない定性情報や外部要因まで含んだ広い概念です。 関係としては「決算書分析 ⊂ 経営分析」── 決算書分析は経営分析の中の、決算書で完結する部分にあたります。
この区別は、決算書分析の限界を理解するうえで大事です。 決算書だけ見ても、経営者がどんな人物か、競合とのブランド競争でどう勝っているか、 技術陣の士気はどうかといった定性的な要素は分かりません。 逆に言えば、決算書分析でカバーできるのは「数字に翻訳できた部分」だけで、 その範囲では非常に強力な共通言語として機能します。
4 軸の各指標を 1 枚にまとめておきましょう。それぞれの軸で代表的に使う指標は次のとおりです。
| 軸 | 問い | 代表指標 | 主に使う決算書 |
|---|---|---|---|
| 収益性 | もうかっているか | 売上高営業利益率、ROE、ROA | P/L、B/S |
| 成長性 | 大きくなっているか | 売上高成長率、利益成長率 | P/L(前期と当期) |
| 安全性 | つぶれない体力があるか | 流動比率、自己資本比率、D/E レシオ | B/S |
| 生産性 | 効率よく稼げているか | 1 人当たり売上、1 人当たり付加価値、労働分配率 | P/L + 従業員数(注記等) |
4 軸が「視点」を示すのに対して、後で出てくる 効率性(総資産回転率など)は収益性と並列で扱われることもあります。 本書では基本の 4 軸でとらえつつ、収益性の中身を見るときに「利幅 + 回転」のレンズを加える、という二段構えで進めます。
比較の 3 軸 ── 前期・5 期・同業他社
「売上高 100 億円」という数字だけを見ても、それが多いのか少ないのか、 伸びているのか減っているのかは判断できません。 決算書分析の出発点は、つねに「比較」です。 何かと並べて初めて、その数字が「良い」「悪い」「正常」「異常」と語れるようになります。
比較には大きく 3 つの軸があります。 ①前期との比較、②5 期トレンドでの比較、③同業他社との比較。 それぞれ見えるものが違います。
前期比較 ── 直近 1 年で何が変わったか
最初の入口は前期と当期を並べる前期比較です。 売上が前期比 +5%、営業利益が +10%、販管費が +3% といったように、 直近 1 年で何が、どれだけ動いたかを切り分けるのに向いています。 新しい施策の効果、原材料高騰の影響、円安円高の効き方など、 短期の変化は前期との対比でいちばん鮮明に見えます。
前期比較を行うときの基本動作は、変化額と変化率の両方を並べること。 売上が 100 から 110 に増えた場合、変化額は +10、変化率は +10%。 規模が違う項目を横並びにするには変化率が便利で、 絶対値より相対値で見るのが比較の鉄則です。
5 期トレンド ── 構造変化と循環を見る
前期比較は強力ですが、1 期だけでは「一時的な変動」と「構造的な変化」の区別がつきません。 そこで使うのが5 期トレンドです。売上・利益・利益率を 5 年並べると、 右肩上がりなのか、緩やかな踊り場なのか、明確な減速トレンドなのかが見えてきます。
5 期トレンドで便利なのがCAGR(年平均成長率)です。 「5 年間で売上が 100 から 161 に増えた」というとき、 単純平均で「+12% / 年」と計算するのは誤りで、 正しくは複利ベースで CAGR = (161/100)^(1/5) − 1 ≒ 10% と計算します。 5 年スパンで均すと、どれくらいのペースで成長しているかが 1 つの率で表せます。
また 5 期トレンドは、景気循環や季節変動を識別するのにも役立ちます。 自動車メーカーのように景気の波を受けやすい業種は、 単年ではブレが大きいため、5 期で見て初めて構造的な収益力が見えてきます。
同業他社比較 ── 業界内のポジションを知る
最後が同業他社比較です。 自社の数字が時系列で「悪くなっていないか」を見るだけでは不十分で、 業界全体と比べて自社がどこに位置しているかを見ないと、相対的な強さは分かりません。 営業利益率 8%、ROE 12% という数字も、業界平均が 4%・8% なら優秀、20%・25% なら平均以下、と評価が変わります。
同業他社比較を行うときに注意するのは、比較条件をそろえることです。 業種・規模・会計基準(日本基準と IFRS)・連結範囲をそろえないと、 事業構造の違いを「業績の差」と誤読してしまいます。 たとえばある運送業 A 社(小口配送中心)とある運送業 B 社(大口物流中心)では、 売上規模は近くても収益構造も B/S の形もまったく違います。 「同業」と言っても、ビジネスモデルの差は必ずあります。
また、決算書の数字をひと回り深く読む方法として ブレークダウン(分解分析)があります。 「売上 = 単価 × 数量」「ROE = 純利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ」のように、 結果指標を構成要素に分解して「どの要素が効いているか」を切り分ける手法です。 同じ +10% の売上成長でも、値上げによる単価上昇なのか、客数増による数量増なのかで意味はまったく違います。 比較とブレークダウンはセットで使うことで、はじめて「数字の物語」が読み解けます。
収益性 ── 利益率と ROE/ROA
収益性とは、ひとことで言えば「もうかっているか」を測る軸です。 会社が稼ぐ力を見るために、本書では大きく 2 つの切り口を使います。 1 つは利益率(売上高に対する利益の比率)、 もう 1 つは ROE と ROA(投下した資本に対するリターン)です。 前者は P/L 内で完結する効率、後者は P/L と B/S をつなぐ効率を見る、と整理できます。
5 つの利益率
P/L には 5 段階利益(売上総利益・営業利益・経常利益・税引前当期純利益・当期純利益)があり、 それぞれを売上高で割れば 5 種類の利益率になります。分母はすべて売上高で固定し、 分子に何の利益を入れるかで「何を語っているか」が変わるのがポイントです。
| 利益率 | 計算式 | 意味 |
|---|---|---|
| 売上高総利益率(粗利率) | 売上総利益 ÷ 売上高 | 商品力・原価管理力 |
| 売上高営業利益率 | 営業利益 ÷ 売上高 | 本業の稼ぐ力 |
| 売上高経常利益率 | 経常利益 ÷ 売上高 | 財務体質込みの稼ぐ力 |
| 売上高税引前当期純利益率 | 税引前当期純利益 ÷ 売上高 | 特別損益込みの収益力 |
| 売上高当期純利益率(ネットマージン) | 当期純利益 ÷ 売上高 | 株主に残る最終利益の比率 |
実務で最もよく見るのが売上高営業利益率です。 売上総利益から販管費(人件費・広告宣伝費・家賃など本業を回すための間接費)まで差し引いた営業利益を分母にとるので、 本業全体のコスト構造を反映した「本業の総合力」を映します。 製造業・小売業の目安はおおむね 5〜10%、3% を下回ると要注意、20% を超えると高収益型と評価されるのが一般的です。
ただし利益率の「正常値」は業種で大きく違うので注意が必要です。 総合商社・卸売は薄利多売の構造で営業利益率 1〜3% が標準、 ソフトウェアは原価が薄く 15〜30% が珍しくありません。 業種をまたいだ単純比較で「商社はダメで IT は優良」と結論づけるのは誤読です。 利益率は「同業他社」と「自社の過去」と比較してはじめて意味が出ます。
ROE ── 株主目線の収益性
利益率が「売上 1 円あたりの利益」を見るのに対して、 ROE(自己資本利益率)は「株主が出した元手 1 円あたりの利益」を測る指標です。 式は ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本 × 100。 分子は P/L の最終ライン、分母は B/S 純資産から非支配株主持分・新株予約権を除いた「自己資本」を使います。 P/L のフローと B/S のストックを橋渡しする指標、と理解してください。
水準の目安は実務上よく語られます。 5% 以下なら株主の元手に十分応えられていない要警戒ゾーン、 5〜10% が日本企業のおおむね平均的な水準、 10% を超えると良好、15% を超えると優良企業と評価されるのが一般的です。 日本企業の平均は 7〜9% 前後、米国企業は 13〜15% 前後と言われ、 米国の高さの一因は積極的な自社株買いで自己資本を圧縮していることにあります。
ここで気をつけたいのが、ROE は分母を小さくしても上がるという点。 自社株買いや借入による財務レバレッジで自己資本を薄くすれば、 同じ利益でも ROE は形式的に押し上がります。 高い ROE の背景には「稼ぐ力が強い」場合と「自己資本が薄い」場合の 2 通りがあり、 後者は業績悪化時に自己資本が一気に毀損するリスクと表裏。 ROE が高いというだけで「優良」と早合点せず、中身を見る習慣が大切です。
ROA ── 会社全体の収益性
ROE が「株主の元手に対する利益」だったのに対して、 ROA(総資産利益率)は「会社が持つ総資産に対する利益」を見ます。 式は ROA = 事業利益 ÷ 総資産 × 100。 分子は会社全体への帰属利益として「事業利益(営業利益 + 受取利息・配当)」を使うことが多く、 調達方法(自己資本か借入か)に左右されない収益性を測れるのが特徴です。
ROA は業種で大きく違います。 金融業のように総資産が大きい業種は ROA 1% 程度でも普通、 製造業・商社は 3〜5%、IT・サービス系は 10% を超えることもあります。 ROA の絶対水準より、同業他社・前期との比較が大事です。
デュポン分解で ROE を 3 要素に
ROE が高い、低いと一言で語る前に、その中身を 3 つに分解するのがデュポン分解です。 式は次のとおりです。
ROE = 純利益 ÷ 売上 × 売上 ÷ 総資産 × 総資産 ÷ 自己資本
= 売上高純利益率(マージン)× 総資産回転率(回転)× 財務レバレッジ(テコ)
途中の「売上」と「総資産」は分母と分子で約分されて、結局は「純利益 ÷ 自己資本」= ROE に戻ります。 単なる分数の操作ですが、ここから 3 つの戦略的視点が取り出せるのがデュポン分解の巧妙さです。
3 要素を整理しましょう。
| 要素 | 式 | 見ている視点 |
|---|---|---|
| マージン(売上高純利益率) | 純利益 ÷ 売上 | 価格設定とコスト構造の効率(P/L 内) |
| 回転(総資産回転率) | 売上 ÷ 総資産 | 資産の活用効率(P/L と B/S をつなぐ) |
| テコ(財務レバレッジ) | 総資産 ÷ 自己資本 | 借入で事業規模を何倍に広げているか(B/S 内) |
同じ ROE 15% でも、要素の組み合わせ次第で稼ぎ方はまったく違うものになります。 たとえば「マージン 15% × 回転 0.5 × レバレッジ 2 倍」のブランド型と、 「マージン 2% × 回転 5 × レバレッジ 1.5 倍」の小売型では、ビジネスのつくりがまるで違います。 前者は高単価少回転で稼ぐ高級ブランドやソフトウェア型、後者は薄利多売のコンビニ・商社型。
さらに不動産や銀行はレバレッジ型── 預金や担保を使って自己資本の何倍も他人資本を調達し、テコをかけて事業規模を膨らませます。 財務レバレッジが 10 倍を超えることもありますが、これは業態の特性であって、 製造業の財務レバレッジ 10 倍は「過剰な借入」のサインに見えるのとは話が違います。 業種ごとに「健全な水準」を持つ要素なので、レバレッジは必ず同業との比較で評価します。
デュポン分解の真価は、「他社より ROE が低い」という問題に直面したときに発揮されます。 ライバル社が ROE で勝っていても、それがマージンなのか、回転なのか、レバレッジなのかで、 追いつくべき経営課題はまったく違ってきます。 マージンが弱いなら価格戦略・コスト構造の見直し、回転が遅いなら在庫や固定資産の削減、 レバレッジが低いなら資本構成の見直し。 原因を切り分けて、はじめて「打つべき手」が見えるのです。
効率性 vs 利幅 ── 業態で違う戦略
デュポン分解の 3 要素のうち、最初の 2 つ(マージンと回転)だけを取り出すと、 ROA = 売上高利益率 × 総資産回転率という関係になります。 ROA は財務レバレッジを使う前の「事業そのものの効率」を測るので、 ビジネスモデルの違いを浮き彫りにするのに向いた分解です。
縦軸に利益率、横軸に回転率をとった 2 軸プロットを描くと、4 つの象限が見えてきます。
- 左上:ブランド型(高利益率 × 低回転)── 高級ブランド、高級ホテル、製薬、ソフトウェアなど。 1 回あたりの利幅で稼ぐかわりに、製品開発・希少性の維持に時間がかかり、資産を高速で回さない。
- 右下:量販型(低利益率 × 高回転)── コンビニ、スーパー、総合商社など。 1 個あたりの利幅は薄いが、客数と陳列効率を上げて店舗(総資産)を年に何度も回す。
- 右上:混合型(高利益率 × 高回転)── プラットフォーム型 IT 大手など、ネットワーク効果で独占シェアを取れる稀なケース。 ROA は跳ね上がるが、強い競争優位がなければ到達できない。
- 左下:停滞ゾーン(低利益率 × 低回転)── 利幅も取れず回転も悪い。「戦略選択」ではなく「競争力を失っている兆候」として読むべき危険信号。
ここで重要なのが等 ROA 曲線という考え方です。 「マージン × 回転 = ROA」が一定になるような組み合わせを線で結ぶと双曲線になり、 同じ曲線上にあれば異なるルートで同じ ROA に到達していることが分かります。 たとえば「マージン 10% × 回転 1 回」と「マージン 5% × 回転 2 回」と「マージン 2% × 回転 5 回」は、 すべて ROA 10% という同じゴールに別ルートで到達しています。 ROA が同じでも「中身」が違うことを、図 1 つで一目で理解できるのがこのフレームの強みです。
実際の業態でこのトレードオフを見てみましょう。 高級時計事業の売上高利益率は数十パーセントに達することがありますが、 在庫を希少にして時間をかけて売るので回転率は低くなります。 逆にコンビニ事業は粗利率は数パーセントでも、 在庫を頻繁に入れ替えて店舗を年に何度も売上に変えることで、回転率を上げる。 「利幅で稼ぐか、回転で稼ぐか」は、業界の構造とビジネスモデルが決めるのです。
戦略転換が容易でない、という点も覚えておきましょう。 量販店が突然値上げ路線に走ると客足が遠のき、利益率の改善以上に回転が落ちて ROA はかえって下がります。 逆にブランド企業が安売りに走ると、長期的にブランド価値が毀損して 将来の高単価販売の余地まで失うことがあります。 自社のポジションを見定めて、そのポジションで勝つ方法を磨くのが現実的な経営判断です。
生産性 ── 1 人当たりの数字
4 軸の最後が生産性です。 これは「ヒト 1 人がどれだけの価値を生み出しているか」を測る視点で、 会社の規模感や利益率とは別の角度から組織の強さを浮かび上がらせます。
基本指標は 3 つあります。 ①1 人当たり売上高(売上高 ÷ 従業員数)、 ②1 人当たり付加価値(付加価値 ÷ 従業員数)、 ③1 人当たり人件費(人件費 ÷ 従業員数)。 なかでも本丸は1 人当たり付加価値です。
なぜでしょうか。売上高には外部から仕入れた原材料費や外注費── つまり「他社が生んだ価値」── が含まれています。 ヒトの生産性そのものを測るためには、その分を取り除いて、 自社が新たに生み出した価値(=付加価値)を従業員数で割る必要があるのです。 1 人当たり売上が大きくても、外部購入比率が高ければ付加価値は薄い。 総合商社のように 1 人当たり売上が 1 億円超でも、付加価値ベースで見ると製造業のほうが上、ということが起こります。
付加価値の計算には 2 通りあります。実務で主流の加算法は、 営業利益 + 人件費 + 減価償却費 + 賃借料 + 租税公課 と積み上げる方法。 それぞれ「会社・従業員・設備・家主・国」への分配を表します。 もう 1 つの控除法は、売上高 − 外部購入費(原材料・外注費等)と引く方法で、 理屈は同じでも計算経路が違います。
生産性をもう一歩深く読むのが労働分配率です。 式は 人件費 ÷ 付加価値 × 100。 会社が生み出した付加価値のうち、何 % を従業員へ分配したかを示す配分の指標です。 目安は 50〜70%。 80% を超えると人件費負担が重く利益を圧迫しやすくなり、 逆に低すぎても人材投資が手薄で長期的に人材流出を招くサインになります。
業界差も大きく、装置産業ほど 1 人当たり数字は高く、労働集約型ほど低くなる傾向です。 製造業の 1 人当たり売上高は 3,000〜5,000 万円、 IT・サービス系は 2,000〜3,000 万円程度というのが一般的な目安。 ただし「従業員数」の定義(連結 / 単体、正社員のみ / パート含む、パートの時間換算の有無)で 数値は大きく動くので、同業他社比較では前提を必ずそろえます。
安全性と成長性 ── 倒産しないか・伸びているか
最後に押さえるのが安全性と成長性です。 会社がもうかっているか(収益性)、効率よく回しているか(生産性)が分かっても、 「短期的につぶれないか」「長期的に伸びているか」の 2 つを確認しないと、投資判断としても与信判断としても穴ができます。
安全性 ── 5 つの指標を組み合わせる
安全性は単一の指標では捉えきれないので、5 つの代表指標を組み合わせて多面的に見ます。
| 指標 | 計算式 | 目安 | 見ている視点 |
|---|---|---|---|
| 流動比率 | 流動資産 ÷ 流動負債 | 150% 以上 | 短期の支払能力 |
| 当座比率 | 当座資産 ÷ 流動負債 | 100% 以上 | 在庫を除いた即時支払能力 |
| 自己資本比率 | 自己資本 ÷ 総資産 | 30% 以上 / 50% で優良 | 長期の財務体質 |
| D/E レシオ | 有利子負債 ÷ 自己資本 | 1 倍以下 | 借入依存度 |
| インタレスト・カバレッジ・レシオ | (営業利益 + 受取利息・配当) ÷ 支払利息 | 5 倍以上 | 利息支払能力 |
ポイントは、それぞれが見ている切り口が違うこと。 流動比率と当座比率は短期、自己資本比率と D/E レシオは長期、 インタレスト・カバレッジは利息の払えるか。 流動比率が高くても自己資本比率が低い、自己資本比率は高いが利息負担が重い、 といった「組み合わせで初めて見える弱点」があるので、 必ず複数の安全性指標を並べて見るのが基本です。
ただし「自己資本比率が高ければ高いほど良い」と単純に考えるのは危険です。 自己資本比率が 90% を超えるような会社は、新規投資や株主還元を怠っている可能性があり、 株主から見れば ROE が低く資本効率が悪いと評価されることもあります。 安全性と収益性はトレードオフの関係にあり、過度な安全志向は別の問題を生むのです。
成長性 ── 売上・利益・総資産の伸び
成長性は前期比較のうえに乗ります。基本式は変わらず、 (当期 − 前期) ÷ 前期 × 100 で計算します。 代表的に使うのは 売上高成長率、営業利益成長率、 経常利益成長率、総資産成長率の 4 つ。
成長率を見るときは、売上の伸びと利益の伸びを並べて読むのがコツです。 利益成長率 > 売上成長率なら利益率が改善していることを意味し、 コスト管理や付加価値の高い製品ミックスへのシフトがうまくいっているサイン。 逆に利益成長率 < 売上成長率なら規模だけ拡大して利益率は悪化している ── 値引き販売や低粗利商品への偏重が疑われます。 「同じ +10% でも、伸びの質が違う」ことを読むのが成長分析の基本動作です。
ここでも単年だけ見ないのが鉄則。 一過性の特需や前期の落ち込みのリバウンドで単年は大きく振れるので、 5 期トレンドで「持続的な成長力」を見極めましょう。
安全性 × 成長性のトレードオフ
最後に大事な視点を 1 つ。安全性と成長性は、しばしばトレードオフ関係にあります。 成長を狙って投資・借入を拡大すれば、自己資本比率は下がり安全性は弱まる。 逆に安全性を最優先して内部留保を厚く積めば、新規投資が減って成長は緩やかになる。 どちらが正解ということはなく、業種・成長ステージ・市場環境に応じて適正なバランスが変わるのが現実です。
投資家視点では成長性と ROE を重視しがちですが、 経営者視点では安全性とキャッシュフローを重視しがち。 どちらの視点も他方を完全に無視すると判断を誤るので、 立場ごとの偏りを認識しながら指標を組み合わせて読む姿勢が大切です。
国際比較の難しさ
ひとつ補足しておきたいのが国際比較の難しさです。 日本基準・米国基準・IFRS では、のれんの償却方法・リース取引の処理・引当金の認識基準などに違いがあり、 同じ「利益」「資産」と書いてあっても意味が完全には一致しないことがあります。 さらに通貨が違えば為替レートをそろえる必要があり、 利益率や ROE のような比率であれば通貨は消えますが、 絶対額の比較には換算レートの選び方が効いてきます。 国際比較を行うときは、会計基準と通貨の前提を意識して、過度に細かな差にこだわらない柔軟さも必要です。
この章のまとめ
決算書を「読む」段階から「分析する」段階に進むには、 4 軸(収益性・成長性・安全性・生産性)と3 つの比較軸(前期・5 期・同業他社) を共通の物差しとして使います。 利益率と ROE/ROA で稼ぐ力を測り、デュポン分解で「ROE の中身」を 3 要素に分解し、 利幅と回転の 2 軸で業態の戦略を読む。 安全性は短期・長期・利息支払の 5 指標を組み合わせ、成長性は売上と利益の伸びを並べて質を確認する。
大切なのは、1 つの指標で結論を出さないことです。 ROE が高くても財務レバレッジで人工的に押し上げているだけかもしれない、 売上が伸びていても利益率は悪化しているかもしれない、自己資本比率は高くても資本効率が悪いかもしれない。 4 軸を並べ、比較軸でつないで、ブレークダウンで中身に踏み込む。 この多面的な読み方ができてはじめて、決算書は会社の姿を立体的に映し出します。 次章では、決算書分析の結果を「企業価値」につなぐ視点 ── PER・PBR・EV/EBITDA・DCF ── を整理します。
この章のポイント
- 1分析の 4 軸(または 5 軸)── 収益性・成長性・安全性・生産性/効率性
- 2ROE(株主資本利益率)と ROA(総資産利益率)で「資本効率」を見る
- 3デュポン分解 ── ROE = 売上高純利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ
- 4比較は「前期 vs 当期」「5 期分のトレンド」「同業他社」の 3 軸を揃える
- 51 人当たり売上・付加価値・人件費で「ヒトの効率」が見える