CHAPTER 6

分析 — 動きを見る

収益性・成長性・安全性・生産性 ── 比較で会社を読む

読了目安 38 分 関連クイズトピック 12 個

決算書 1 期だけを見ても会社の評価はできません。前期との比較・5 期分のトレンド・同業他社との比較 ── 軸を揃えた比較で初めて「強み」「弱み」「方向性」が浮かび上がります。この章では収益性・効率性・安全性・成長性・生産性の 5 軸と、ROE をデュポン分解する考え方までを通します。

決算書を読んで何が分かるか ── 分析の 4 軸

決算書から読み取れる「4 つの軸」収益性・成長性・安全性・生産性 ── どの軸でも会社の「ある側面」が見える決算書貸借対照表(B/S)損益計算書(P/L)CF 計算書収益性「もうかっている?」主に P/L + B/S から見る代表指標:ROE / ROA / 売上高営業利益率生産性「効率よく稼げている?」P/L + 従業員数(B/S 外)代表指標:1 人当たり売上 / 1 人当たり付加価値安全性「つぶれない会社?」主に B/S から見る代表指標:自己資本比率/ 流動比率成長性「大きくなっている?」主に P/L(前期比)から見る代表指標:売上高成長率/ 利益成長率「決算書分析」と「経営分析」の関係決算書分析決算書(B/S・P/L・CF)から読み取れる範囲だけで判断経営分析(広い)SWOT・市場ポジション・経営者の質など外部・定性も含む
決算書から読み取れる 4 つの軸 ── 収益性・成長性・安全性・生産性

ここまでで B/S、P/L、C/S の読み方を 1 つずつ通してきました。 ただ、決算書を 1 期分眺めただけでは「この会社は強いのか、弱いのか」「伸びているのか、止まっているのか」までは見えてきません。 決算書分析の本番は、複数の数字を比較し、組み合わせて読み解く段階にあります。 この章では、その分析を行うための共通の物差しを整理します。

まず押さえてほしいのは、決算書から会社を読むときの4 つの軸です。 ①収益性(もうかっているか)、②成長性(大きくなっているか)、 ③安全性(つぶれない体力があるか)、④生産性(効率よく稼げているか)。 この 4 つを並べて見ると、会社の輪郭が立体的に浮かび上がってきます。

なぜ 1 つの指標だけで判断してはいけないのでしょうか。 たとえば「売上が前期比 +20% で大きく伸びた」という事実は、成長性の軸では文句なしに良いニュースです。 しかし、その裏側で薄利の値引き販売を増やして利益率が大きく落ち、 さらに店舗を急拡大するために借入を膨らませて自己資本比率が下がっていたら、 成長と引き換えに収益性と安全性が悪化している状態。 これは「優良企業」とは到底呼べません。 1 つの軸だけを切り出して結論を出すと、必ず判断を誤ります。

ここで言葉の整理をしておきましょう。 本書で扱う「決算書分析」は、決算書から読み取れる範囲だけで会社を判断する分析です。 これに対して「経営分析」は、SWOT・市場ポジション・経営者の質・商品力・規制環境など、 決算書には載らない定性情報や外部要因まで含んだ広い概念です。 関係としては「決算書分析 ⊂ 経営分析」── 決算書分析は経営分析の中の、決算書で完結する部分にあたります。

この区別は、決算書分析の限界を理解するうえで大事です。 決算書だけ見ても、経営者がどんな人物か、競合とのブランド競争でどう勝っているか、 技術陣の士気はどうかといった定性的な要素は分かりません。 逆に言えば、決算書分析でカバーできるのは「数字に翻訳できた部分」だけで、 その範囲では非常に強力な共通言語として機能します。

4 軸の各指標を 1 枚にまとめておきましょう。それぞれの軸で代表的に使う指標は次のとおりです。

問い代表指標主に使う決算書
収益性もうかっているか売上高営業利益率、ROE、ROAP/L、B/S
成長性大きくなっているか売上高成長率、利益成長率P/L(前期と当期)
安全性つぶれない体力があるか流動比率、自己資本比率、D/E レシオB/S
生産性効率よく稼げているか1 人当たり売上、1 人当たり付加価値、労働分配率P/L + 従業員数(注記等)

4 軸が「視点」を示すのに対して、後で出てくる 効率性(総資産回転率など)は収益性と並列で扱われることもあります。 本書では基本の 4 軸でとらえつつ、収益性の中身を見るときに「利幅 + 回転」のレンズを加える、という二段構えで進めます。

比較の 3 軸 ── 前期・5 期・同業他社

決算書は「単独で見る」より「比較して読む」3 つの比較軸(前期 / 5 期 / 同業他社)+ ブレークダウンで「数字の意味」を読み解く比較軸目的図で見る読み方相対化分解100vs?数字を比べる単独では「多い・少ない」がわからない前期比較直近 1 年の変化を見る前期当期+8%短期の変化・施策の効果前年同期 (YoY) で対比5 期比較長期のトレンドを見るN-4N構造的変化・循環の見極めCAGR(年平均成長率)で対比同業他社比較業界内のポジションを見る自社A 社B 社平均業界平均との乖離・順位業種・規模を揃えて対比絶対値 vs 相対値金額そのもの(売上 100 億)よりも、比率(営業利益率 8%)・前年比(+5%)・対業界平均で見るブレークダウン ── 一つの数字を「掛け算」に分解して比較する売上高=単価×数量同じ売上でも要因が違う(値上げか・客数増か)ROE=純利益率×総資産回転率×レバレッジ同じ ROE でも、どの要素で稼いでいるかで戦略が違う(デュポン分解)
3 つの比較軸 ── 前期比較・5 期トレンド・同業他社比較を組み合わせる

「売上高 100 億円」という数字だけを見ても、それが多いのか少ないのか、 伸びているのか減っているのかは判断できません。 決算書分析の出発点は、つねに「比較」です。 何かと並べて初めて、その数字が「良い」「悪い」「正常」「異常」と語れるようになります。

比較には大きく 3 つの軸があります。 ①前期との比較、②5 期トレンドでの比較、③同業他社との比較。 それぞれ見えるものが違います。

前期比較 ── 直近 1 年で何が変わったか

最初の入口は前期と当期を並べる前期比較です。 売上が前期比 +5%、営業利益が +10%、販管費が +3% といったように、 直近 1 年で何が、どれだけ動いたかを切り分けるのに向いています。 新しい施策の効果、原材料高騰の影響、円安円高の効き方など、 短期の変化は前期との対比でいちばん鮮明に見えます。

前期比較を行うときの基本動作は、変化額と変化率の両方を並べること。 売上が 100 から 110 に増えた場合、変化額は +10、変化率は +10%。 規模が違う項目を横並びにするには変化率が便利で、 絶対値より相対値で見るのが比較の鉄則です。

5 期トレンド ── 構造変化と循環を見る

5 期分のトレンドで「会社の方向性」を見る単年では見えない構造変化と CAGR(年平均成長率)売上高・営業利益・営業利益率の 5 期推移単位: 売上・利益=億円/利益率=%20015010050012%9%6%3%0%10011012514516189121416第 1 期第 2 期第 3 期第 4 期第 5 期売上高(左軸)営業利益(左軸)営業利益率(右軸)CAGR(年平均成長率)CAGR = (終値 ÷ 始値)^(1 ÷ n) − 1n=期間数(5 期なら n=4:始点から終点への「成長の回数」は 4 回)本ケースの計算例第 1 期:売上 100 億円第 5 期:売上 161 億円(n=4)CAGR = (161÷100)^(1÷4) − 1 ≒ 10%なぜ CAGR で見るのか単年の伸び率はブレるが、CAGR は「平均的にどれだけ伸びてきたか」が見えるトレンドの 3 つのパターン ── 5 期で見ると会社の「向きと勢い」が見える右肩上がり(成長)CAGR + / 利益率も維持・改善踊り場(成熟・変曲点)CAGR ほぼゼロ / 構造変化の兆し下降(衰退・再構築)CAGR ▲ / 売上・利益とも縮小
5 期トレンド ── 売上と利益を 5 年並べて構造変化・循環・変曲点を見極める

前期比較は強力ですが、1 期だけでは「一時的な変動」と「構造的な変化」の区別がつきません。 そこで使うのが5 期トレンドです。売上・利益・利益率を 5 年並べると、 右肩上がりなのか、緩やかな踊り場なのか、明確な減速トレンドなのかが見えてきます。

5 期トレンドで便利なのがCAGR(年平均成長率)です。 「5 年間で売上が 100 から 161 に増えた」というとき、 単純平均で「+12% / 年」と計算するのは誤りで、 正しくは複利ベースで CAGR = (161/100)^(1/5) − 1 ≒ 10% と計算します。 5 年スパンで均すと、どれくらいのペースで成長しているかが 1 つの率で表せます。

また 5 期トレンドは、景気循環や季節変動を識別するのにも役立ちます。 自動車メーカーのように景気の波を受けやすい業種は、 単年ではブレが大きいため、5 期で見て初めて構造的な収益力が見えてきます。

同業他社比較 ── 業界内のポジションを知る

最後が同業他社比較です。 自社の数字が時系列で「悪くなっていないか」を見るだけでは不十分で、 業界全体と比べて自社がどこに位置しているかを見ないと、相対的な強さは分かりません。 営業利益率 8%、ROE 12% という数字も、業界平均が 4%・8% なら優秀、20%・25% なら平均以下、と評価が変わります。

同業他社比較を行うときに注意するのは、比較条件をそろえることです。 業種・規模・会計基準(日本基準と IFRS)・連結範囲をそろえないと、 事業構造の違いを「業績の差」と誤読してしまいます。 たとえばある運送業 A 社(小口配送中心)とある運送業 B 社(大口物流中心)では、 売上規模は近くても収益構造も B/S の形もまったく違います。 「同業」と言っても、ビジネスモデルの差は必ずあります。

また、決算書の数字をひと回り深く読む方法として ブレークダウン(分解分析)があります。 「売上 = 単価 × 数量」「ROE = 純利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ」のように、 結果指標を構成要素に分解して「どの要素が効いているか」を切り分ける手法です。 同じ +10% の売上成長でも、値上げによる単価上昇なのか、客数増による数量増なのかで意味はまったく違います。 比較とブレークダウンはセットで使うことで、はじめて「数字の物語」が読み解けます。

収益性 ── 利益率と ROE/ROA

5 段階の利益すべてに「売上高比の利益率」がある利益 ÷ 売上高 × 100 ── 段階ごとに「何を語っているか」が違う売上高1,000▼ 売上原価▲ 600① 売上総利益400▼ 販売費及び一般管理費▲ 300② 営業利益100± 営業外損益+ 20③ 経常利益120± 特別損益▲ 20④ 税引前当期純利益100▼ 法人税等▲ 30⑤ 当期純利益705 つの段階利益(単位:百万円)共通の式利益率(%)各段階の利益売上高× 100分母はすべて「売上高」で固定分子に入れる利益で語るメッセージが変わる5 つの利益率 ── 段階ごとに「何を語るか」利益率の名前計算何を語るか売上高総利益率(粗利率)400 ÷ 1,00040%商品力・原価管理力売上高営業利益率(営業利益率)100 ÷ 1,00010%本業の稼ぐ力売上高経常利益率(経常利益率)120 ÷ 1,00012%財務体質込みの稼ぐ力売上高税引前当期純利益率(税前マージン)100 ÷ 1,00010%特別損益込みの税引前の収益力売上高当期純利益率(純利益率・ネットマージン)70 ÷ 1,0007%株主に残る利益の比率業種別の営業利益率の目安 ── 同じ「10%」でも業種で意味が違うIT・ソフトウェア15〜30%原価が薄い/高め製造業5〜10%原材料費が重い/中位飲食・小売3〜8%人件費・家賃が重い/低め商社・卸1〜3%回転重視/低く正常
P/L の 5 段階利益すべてに「売上高比の利益率」がある

収益性とは、ひとことで言えば「もうかっているか」を測る軸です。 会社が稼ぐ力を見るために、本書では大きく 2 つの切り口を使います。 1 つは利益率(売上高に対する利益の比率)、 もう 1 つは ROE と ROA(投下した資本に対するリターン)です。 前者は P/L 内で完結する効率、後者は P/L と B/S をつなぐ効率を見る、と整理できます。

5 つの利益率

P/L には 5 段階利益(売上総利益・営業利益・経常利益・税引前当期純利益・当期純利益)があり、 それぞれを売上高で割れば 5 種類の利益率になります。分母はすべて売上高で固定し、 分子に何の利益を入れるかで「何を語っているか」が変わるのがポイントです。

利益率計算式意味
売上高総利益率(粗利率)売上総利益 ÷ 売上高商品力・原価管理力
売上高営業利益率営業利益 ÷ 売上高本業の稼ぐ力
売上高経常利益率経常利益 ÷ 売上高財務体質込みの稼ぐ力
売上高税引前当期純利益率税引前当期純利益 ÷ 売上高特別損益込みの収益力
売上高当期純利益率(ネットマージン)当期純利益 ÷ 売上高株主に残る最終利益の比率

実務で最もよく見るのが売上高営業利益率です。 売上総利益から販管費(人件費・広告宣伝費・家賃など本業を回すための間接費)まで差し引いた営業利益を分母にとるので、 本業全体のコスト構造を反映した「本業の総合力」を映します。 製造業・小売業の目安はおおむね 5〜10%、3% を下回ると要注意、20% を超えると高収益型と評価されるのが一般的です。

ただし利益率の「正常値」は業種で大きく違うので注意が必要です。 総合商社・卸売は薄利多売の構造で営業利益率 1〜3% が標準、 ソフトウェアは原価が薄く 15〜30% が珍しくありません。 業種をまたいだ単純比較で「商社はダメで IT は優良」と結論づけるのは誤読です。 利益率は「同業他社」と「自社の過去」と比較してはじめて意味が出ます。

ROE ── 株主目線の収益性

ROE株主が出したお金がどれだけ利益を生んだか ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本 × 100(株主視点の投資効率) P/L1年間の利益売上高▼ 費用・税金を控除当期純利益分子ROE(自己資本利益率)の計算式ROE=当期純利益自己資本×100(%) 例:当期純利益 50 / 自己資本 500 → ROE = 50 ÷ 500 × 100 = 10% B/S決算日の財政状態純資産非支配株主持分・新株予約権を除く自己資本分母P/Lから分子へB/Sから分母へROE の目安 ── 水準別の読み方5% 以下低い(要警戒)株主が出した元手に十分応えられていない投資先として魅力が乏しい5〜10%標準日本企業の平均的水準大きな問題はない国内平均:おおむね 7〜9%10% 以上高い/優良資本効率の良い経営15% 以上は特に優良米国上場企業の平均水準注意過剰レバレッジ自己資本が薄いだけでROE が高く出る場合あり借入過多はリスクと表裏日米の ROE 平均比較日本企業約 9% 前後自己資本を厚く貯める傾向配当・自社株買いに消極的米国企業約 15% 前後株主還元(自社株買い)で自己資本を抑え ROE を高く保つROE が高い 2 つの理由① 稼ぐ力が高い(分子↑)= 当期純利益が大きい② 自己資本が少ない(分母↓)= 借入や自社株買いでレバレッジ
ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本 ── 株主が出した元手 1 円が何円の利益を生んだか

利益率が「売上 1 円あたりの利益」を見るのに対して、 ROE(自己資本利益率)は「株主が出した元手 1 円あたりの利益」を測る指標です。 式は ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本 × 100。 分子は P/L の最終ライン、分母は B/S 純資産から非支配株主持分・新株予約権を除いた「自己資本」を使います。 P/L のフローと B/S のストックを橋渡しする指標、と理解してください。

水準の目安は実務上よく語られます。 5% 以下なら株主の元手に十分応えられていない要警戒ゾーン、 5〜10% が日本企業のおおむね平均的な水準、 10% を超えると良好、15% を超えると優良企業と評価されるのが一般的です。 日本企業の平均は 7〜9% 前後、米国企業は 13〜15% 前後と言われ、 米国の高さの一因は積極的な自社株買いで自己資本を圧縮していることにあります。

ここで気をつけたいのが、ROE は分母を小さくしても上がるという点。 自社株買いや借入による財務レバレッジで自己資本を薄くすれば、 同じ利益でも ROE は形式的に押し上がります。 高い ROE の背景には「稼ぐ力が強い」場合と「自己資本が薄い」場合の 2 通りがあり、 後者は業績悪化時に自己資本が一気に毀損するリスクと表裏。 ROE が高いというだけで「優良」と早合点せず、中身を見る習慣が大切です。

ROA ── 会社全体の収益性

ROE が「株主の元手に対する利益」だったのに対して、 ROA(総資産利益率)は「会社が持つ総資産に対する利益」を見ます。 式は ROA = 事業利益 ÷ 総資産 × 100。 分子は会社全体への帰属利益として「事業利益(営業利益 + 受取利息・配当)」を使うことが多く、 調達方法(自己資本か借入か)に左右されない収益性を測れるのが特徴です。

ROA は業種で大きく違います。 金融業のように総資産が大きい業種は ROA 1% 程度でも普通、 製造業・商社は 3〜5%、IT・サービス系は 10% を超えることもあります。 ROA の絶対水準より、同業他社・前期との比較が大事です。

デュポン分解で ROE を 3 要素に

デュポン分解 ── ROE を 3 つの要素に分けるマージン × 回転 × テコ ── どこで稼いでいるかを構造で読み解くROE=純利益率純利益 ÷ 売上×総資産回転率売上 ÷ 総資産×財務レバレッジ総資産 ÷ 自己資本① 純利益率(マージン)出所:P/L から純利益 ÷ 売上= 売上 1 円あたりの利益何を測るか売上から費用・税金を引いた後に手元に残る利益の比率= 商品・サービスの「値段の付け方」と「コスト管理」② 総資産回転率(回転)出所:P/L × B/S をつなぐ売上 ÷ 総資産= 資産 1 円で何回売上を生むか何を測るか会社が保有する総資産を何回売上に転換できたか= 在庫・売掛・固定資産をどれだけ効率よく使えたか③ 財務レバレッジ(テコ)出所:B/S から総資産 ÷ 自己資本= 自己資本の何倍の資産を運用何を測るか自己資本に対して何倍の総資産を動かしているか= 借入を活用して事業規模を拡大できているか(諸刃)3 つの戦略パターン ── どの要素を伸ばして ROE を高めるか① 高マージン型利益率で稼ぐブランド品・高級品IT・SaaS・医薬品差別化で価格を高く保ち1 個あたりの利益を厚く取る② 高回転型回転数で稼ぐ小売・コンビニ・スーパー商社・卸売薄利でも回転を上げて資産を何度も売上に転換③ 高レバレッジ型借入のテコで稼ぐ不動産・リース銀行・金融他人資本で事業規模を拡大過剰なら安全性は低下する
ROE をマージン × 回転 × テコの 3 要素に分解する

ROE が高い、低いと一言で語る前に、その中身を 3 つに分解するのがデュポン分解です。 式は次のとおりです。

ROE = 純利益 ÷ 売上 × 売上 ÷ 総資産 × 総資産 ÷ 自己資本
   = 売上高純利益率(マージン)× 総資産回転率(回転)× 財務レバレッジ(テコ)

途中の「売上」と「総資産」は分母と分子で約分されて、結局は「純利益 ÷ 自己資本」= ROE に戻ります。 単なる分数の操作ですが、ここから 3 つの戦略的視点が取り出せるのがデュポン分解の巧妙さです。

3 要素を整理しましょう。

要素見ている視点
マージン(売上高純利益率)純利益 ÷ 売上価格設定とコスト構造の効率(P/L 内)
回転(総資産回転率)売上 ÷ 総資産資産の活用効率(P/L と B/S をつなぐ)
テコ(財務レバレッジ)総資産 ÷ 自己資本借入で事業規模を何倍に広げているか(B/S 内)

同じ ROE 15% でも、要素の組み合わせ次第で稼ぎ方はまったく違うものになります。 たとえば「マージン 15% × 回転 0.5 × レバレッジ 2 倍」のブランド型と、 「マージン 2% × 回転 5 × レバレッジ 1.5 倍」の小売型では、ビジネスのつくりがまるで違います。 前者は高単価少回転で稼ぐ高級ブランドやソフトウェア型、後者は薄利多売のコンビニ・商社型。

さらに不動産や銀行はレバレッジ型── 預金や担保を使って自己資本の何倍も他人資本を調達し、テコをかけて事業規模を膨らませます。 財務レバレッジが 10 倍を超えることもありますが、これは業態の特性であって、 製造業の財務レバレッジ 10 倍は「過剰な借入」のサインに見えるのとは話が違います。 業種ごとに「健全な水準」を持つ要素なので、レバレッジは必ず同業との比較で評価します。

デュポン分解の真価は、「他社より ROE が低い」という問題に直面したときに発揮されます。 ライバル社が ROE で勝っていても、それがマージンなのか、回転なのか、レバレッジなのかで、 追いつくべき経営課題はまったく違ってきます。 マージンが弱いなら価格戦略・コスト構造の見直し、回転が遅いなら在庫や固定資産の削減、 レバレッジが低いなら資本構成の見直し。 原因を切り分けて、はじめて「打つべき手」が見えるのです。

効率性 vs 利幅 ── 業態で違う戦略

利幅で稼ぐか、回転で稼ぐかROA = 売上高利益率 × 総資産回転率 ── 同じ ROA でも業態によって戦略は違うブランド型高利益率 × 低回転混合型(理想)高利益率 × 高回転低 × 低(停滞)量販型低利益率 × 高回転ROA 5%ROA 10%ROA 15%製薬ソフトウェア高級ブランド高級ホテルIT 大手伝統的優良企業商社コンビニスーパー停滞企業売上高利益率(収益性)利幅で稼ぐ総資産回転率(効率性)回転で稼ぐトレードオフ利益率↑ ⇔ 回転率↓ROA = 売上高利益率(事業利益 ÷ 売上高) × 総資産回転率(売上高 ÷ 総資産)
利幅で稼ぐか、回転で稼ぐか ── 同じ ROA でも業態によって戦略は違う

デュポン分解の 3 要素のうち、最初の 2 つ(マージンと回転)だけを取り出すと、 ROA = 売上高利益率 × 総資産回転率という関係になります。 ROA は財務レバレッジを使う前の「事業そのものの効率」を測るので、 ビジネスモデルの違いを浮き彫りにするのに向いた分解です。

縦軸に利益率、横軸に回転率をとった 2 軸プロットを描くと、4 つの象限が見えてきます。

  • 左上:ブランド型(高利益率 × 低回転)── 高級ブランド、高級ホテル、製薬、ソフトウェアなど。 1 回あたりの利幅で稼ぐかわりに、製品開発・希少性の維持に時間がかかり、資産を高速で回さない。
  • 右下:量販型(低利益率 × 高回転)── コンビニ、スーパー、総合商社など。 1 個あたりの利幅は薄いが、客数と陳列効率を上げて店舗(総資産)を年に何度も回す。
  • 右上:混合型(高利益率 × 高回転)── プラットフォーム型 IT 大手など、ネットワーク効果で独占シェアを取れる稀なケース。 ROA は跳ね上がるが、強い競争優位がなければ到達できない。
  • 左下:停滞ゾーン(低利益率 × 低回転)── 利幅も取れず回転も悪い。「戦略選択」ではなく「競争力を失っている兆候」として読むべき危険信号。

ここで重要なのが等 ROA 曲線という考え方です。 「マージン × 回転 = ROA」が一定になるような組み合わせを線で結ぶと双曲線になり、 同じ曲線上にあれば異なるルートで同じ ROA に到達していることが分かります。 たとえば「マージン 10% × 回転 1 回」と「マージン 5% × 回転 2 回」と「マージン 2% × 回転 5 回」は、 すべて ROA 10% という同じゴールに別ルートで到達しています。 ROA が同じでも「中身」が違うことを、図 1 つで一目で理解できるのがこのフレームの強みです。

実際の業態でこのトレードオフを見てみましょう。 高級時計事業の売上高利益率は数十パーセントに達することがありますが、 在庫を希少にして時間をかけて売るので回転率は低くなります。 逆にコンビニ事業は粗利率は数パーセントでも、 在庫を頻繁に入れ替えて店舗を年に何度も売上に変えることで、回転率を上げる。 「利幅で稼ぐか、回転で稼ぐか」は、業界の構造とビジネスモデルが決めるのです。

戦略転換が容易でない、という点も覚えておきましょう。 量販店が突然値上げ路線に走ると客足が遠のき、利益率の改善以上に回転が落ちて ROA はかえって下がります。 逆にブランド企業が安売りに走ると、長期的にブランド価値が毀損して 将来の高単価販売の余地まで失うことがあります。 自社のポジションを見定めて、そのポジションで勝つ方法を磨くのが現実的な経営判断です。

生産性 ── 1 人当たりの数字

1 人当たり分析 ── ヒトの効率を測る1 人当たり売上・付加価値・人件費 + 労働分配率で「ヒトが生む価値」を読む1 人当たり売上高= 売上高 ÷ 従業員数100 億円 ÷ 500 人= 2,000 万円/人1 人当たり付加価値= 付加価値 ÷ 従業員数30 億円 ÷ 500 人= 600 万円/人1 人当たり人件費= 人件費 ÷ 従業員数18 億円 ÷ 500 人= 360 万円/人付加価値 ── 企業が新たに生み出した価値(加算法)営業利益本業の儲け人件費従業員への分配減価償却費設備の使用対価賃借料家主への支払租税公課国への分配※ 加算法に対し、控除法は「売上高 − 外部購入費(原材料・外注費等)」で算出する。 いずれも「会社が外部購入価値に上乗せした価値=付加価値」を表す(実務では加算法が主流)。労働分配率 ── 配分の指標人件費付加価値× 100 = 60%労働分配率の目安 ── 50〜70% が一般的50% 未満利益体質は良いが、人材投資が手薄な可能性50〜70%一般的な水準。利益と人件費のバランスが取れている80% 超人件費負担が重く、利益を圧迫しやすい(要警戒)業界別 1 人当たり売上高(目安)商社1 億円超製造業3,000〜5,000 万円IT・サービス2,000〜3,000 万円※ 装置産業ほど高く、労働集約型ほど低い傾向
1 人当たり売上・付加価値・人件費と労働分配率 ── ヒトが生む価値を読む

4 軸の最後が生産性です。 これは「ヒト 1 人がどれだけの価値を生み出しているか」を測る視点で、 会社の規模感や利益率とは別の角度から組織の強さを浮かび上がらせます。

基本指標は 3 つあります。 ①1 人当たり売上高(売上高 ÷ 従業員数)、 ②1 人当たり付加価値(付加価値 ÷ 従業員数)、 ③1 人当たり人件費(人件費 ÷ 従業員数)。 なかでも本丸は1 人当たり付加価値です。

なぜでしょうか。売上高には外部から仕入れた原材料費や外注費── つまり「他社が生んだ価値」── が含まれています。 ヒトの生産性そのものを測るためには、その分を取り除いて、 自社が新たに生み出した価値(=付加価値)を従業員数で割る必要があるのです。 1 人当たり売上が大きくても、外部購入比率が高ければ付加価値は薄い。 総合商社のように 1 人当たり売上が 1 億円超でも、付加価値ベースで見ると製造業のほうが上、ということが起こります。

付加価値の計算には 2 通りあります。実務で主流の加算法は、 営業利益 + 人件費 + 減価償却費 + 賃借料 + 租税公課 と積み上げる方法。 それぞれ「会社・従業員・設備・家主・国」への分配を表します。 もう 1 つの控除法は、売上高 − 外部購入費(原材料・外注費等)と引く方法で、 理屈は同じでも計算経路が違います。

生産性をもう一歩深く読むのが労働分配率です。 式は 人件費 ÷ 付加価値 × 100。 会社が生み出した付加価値のうち、何 % を従業員へ分配したかを示す配分の指標です。 目安は 50〜70%。 80% を超えると人件費負担が重く利益を圧迫しやすくなり、 逆に低すぎても人材投資が手薄で長期的に人材流出を招くサインになります。

業界差も大きく、装置産業ほど 1 人当たり数字は高く、労働集約型ほど低くなる傾向です。 製造業の 1 人当たり売上高は 3,000〜5,000 万円、 IT・サービス系は 2,000〜3,000 万円程度というのが一般的な目安。 ただし「従業員数」の定義(連結 / 単体、正社員のみ / パート含む、パートの時間換算の有無)で 数値は大きく動くので、同業他社比較では前提を必ずそろえます。

安全性と成長性 ── 倒産しないか・伸びているか

安全性と成長性 ── 2 つの視点で会社を読む「つぶれない強さ」と「大きくなる勢い」を同時にチェックする安全性 ── つぶれない強さ流動比率流動資産 ÷ 流動負債× 100(%)目安:150% 以上当座比率当座資産 ÷ 流動負債× 100(%)目安:100% 以上自己資本比率自己資本 ÷ 総資産× 100(%)目安:30%以上、50%で優良D/E レシオ有利子負債 ÷ 自己資本(倍)目安:1 倍以下が望ましいインタレスト・カバレッジ・レシオ(営業利益 + 受取利息・配当)÷ 支払利息(倍)── 利息を何倍の利益で払えるか目安:5 倍以上が望ましい成長性 ── 大きくなる勢い売上高成長率(当期売上 − 前期売上)÷ 前期売上 × 100(%)事業規模の拡大ペース営業利益成長率(当期 − 前期 営業利益)÷ 前期営業利益 × 100本業の伸び経常利益成長率(当期 − 前期 経常利益)÷ 前期経常利益 × 100営業外を含めた伸び総資産成長率(当期 − 前期 総資産)÷ 前期総資産 × 100投資・規模拡大の動き成長率を読むコツ・利益成長率 > 売上成長率 ── 利益率が改善している・利益成長率 < 売上成長率 ── 規模だけ拡大、利益率は悪化・総資産成長率 > 売上成長率 ── 資産効率は悪化指標の相互関係 ── 安全性と成長性はトレードオフ・成長性が高い会社 ── 投資・借入を拡大しがち。自己資本比率は下がり、安全性は弱まる傾向・安全性が高い会社 ── 内部留保が厚く保守的。新規投資が少なく、成長率は緩やかになりがち・読み方の基本 ── 業種・成長ステージで「適正な水準」は異なる。1 指標だけで結論を出さない・分析の総合 ── 収益性・効率性・安全性・成長性・生産性の 5 軸で「会社の姿」を立体的に読む
安全性(短期・長期・利息支払)と成長性(売上・利益)の指標群

最後に押さえるのが安全性成長性です。 会社がもうかっているか(収益性)、効率よく回しているか(生産性)が分かっても、 「短期的につぶれないか」「長期的に伸びているか」の 2 つを確認しないと、投資判断としても与信判断としても穴ができます。

安全性 ── 5 つの指標を組み合わせる

安全性は単一の指標では捉えきれないので、5 つの代表指標を組み合わせて多面的に見ます。

指標計算式目安見ている視点
流動比率流動資産 ÷ 流動負債150% 以上短期の支払能力
当座比率当座資産 ÷ 流動負債100% 以上在庫を除いた即時支払能力
自己資本比率自己資本 ÷ 総資産30% 以上 / 50% で優良長期の財務体質
D/E レシオ有利子負債 ÷ 自己資本1 倍以下借入依存度
インタレスト・カバレッジ・レシオ(営業利益 + 受取利息・配当) ÷ 支払利息5 倍以上利息支払能力

ポイントは、それぞれが見ている切り口が違うこと。 流動比率と当座比率は短期、自己資本比率と D/E レシオは長期、 インタレスト・カバレッジは利息の払えるか。 流動比率が高くても自己資本比率が低い、自己資本比率は高いが利息負担が重い、 といった「組み合わせで初めて見える弱点」があるので、 必ず複数の安全性指標を並べて見るのが基本です。

ただし「自己資本比率が高ければ高いほど良い」と単純に考えるのは危険です。 自己資本比率が 90% を超えるような会社は、新規投資や株主還元を怠っている可能性があり、 株主から見れば ROE が低く資本効率が悪いと評価されることもあります。 安全性と収益性はトレードオフの関係にあり、過度な安全志向は別の問題を生むのです。

成長性 ── 売上・利益・総資産の伸び

成長性は前期比較のうえに乗ります。基本式は変わらず、 (当期 − 前期) ÷ 前期 × 100 で計算します。 代表的に使うのは 売上高成長率営業利益成長率経常利益成長率総資産成長率の 4 つ。

成長率を見るときは、売上の伸びと利益の伸びを並べて読むのがコツです。 利益成長率 > 売上成長率なら利益率が改善していることを意味し、 コスト管理や付加価値の高い製品ミックスへのシフトがうまくいっているサイン。 逆に利益成長率 < 売上成長率なら規模だけ拡大して利益率は悪化している ── 値引き販売や低粗利商品への偏重が疑われます。 「同じ +10% でも、伸びの質が違う」ことを読むのが成長分析の基本動作です。

ここでも単年だけ見ないのが鉄則。 一過性の特需や前期の落ち込みのリバウンドで単年は大きく振れるので、 5 期トレンドで「持続的な成長力」を見極めましょう。

安全性 × 成長性のトレードオフ

最後に大事な視点を 1 つ。安全性と成長性は、しばしばトレードオフ関係にあります。 成長を狙って投資・借入を拡大すれば、自己資本比率は下がり安全性は弱まる。 逆に安全性を最優先して内部留保を厚く積めば、新規投資が減って成長は緩やかになる。 どちらが正解ということはなく、業種・成長ステージ・市場環境に応じて適正なバランスが変わるのが現実です。

投資家視点では成長性と ROE を重視しがちですが、 経営者視点では安全性とキャッシュフローを重視しがち。 どちらの視点も他方を完全に無視すると判断を誤るので、 立場ごとの偏りを認識しながら指標を組み合わせて読む姿勢が大切です。

国際比較の難しさ

ひとつ補足しておきたいのが国際比較の難しさです。 日本基準・米国基準・IFRS では、のれんの償却方法・リース取引の処理・引当金の認識基準などに違いがあり、 同じ「利益」「資産」と書いてあっても意味が完全には一致しないことがあります。 さらに通貨が違えば為替レートをそろえる必要があり、 利益率や ROE のような比率であれば通貨は消えますが、 絶対額の比較には換算レートの選び方が効いてきます。 国際比較を行うときは、会計基準と通貨の前提を意識して、過度に細かな差にこだわらない柔軟さも必要です。

この章のまとめ

決算書を「読む」段階から「分析する」段階に進むには、 4 軸(収益性・成長性・安全性・生産性)3 つの比較軸(前期・5 期・同業他社) を共通の物差しとして使います。 利益率と ROE/ROA で稼ぐ力を測り、デュポン分解で「ROE の中身」を 3 要素に分解し、 利幅と回転の 2 軸で業態の戦略を読む。 安全性は短期・長期・利息支払の 5 指標を組み合わせ、成長性は売上と利益の伸びを並べて質を確認する。

大切なのは、1 つの指標で結論を出さないことです。 ROE が高くても財務レバレッジで人工的に押し上げているだけかもしれない、 売上が伸びていても利益率は悪化しているかもしれない、自己資本比率は高くても資本効率が悪いかもしれない。 4 軸を並べ、比較軸でつないで、ブレークダウンで中身に踏み込む。 この多面的な読み方ができてはじめて、決算書は会社の姿を立体的に映し出します。 次章では、決算書分析の結果を「企業価値」につなぐ視点 ── PER・PBR・EV/EBITDA・DCF ── を整理します。

この章のポイント

  1. 1分析の 4 軸(または 5 軸)── 収益性・成長性・安全性・生産性/効率性
  2. 2ROE(株主資本利益率)と ROA(総資産利益率)で「資本効率」を見る
  3. 3デュポン分解 ── ROE = 売上高純利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ
  4. 4比較は「前期 vs 当期」「5 期分のトレンド」「同業他社」の 3 軸を揃える
  5. 51 人当たり売上・付加価値・人件費で「ヒトの効率」が見える